愛とか,ヒューマニズムとか,思いや優しさやがんばりで問題が解決するんなら,みんな名医で,名首相で,ノーベル賞受賞者で,20勝投手になれるよね.がんばってる自分にうっとりするのは勝手だし,見えないふりをするのも簡単だけど,そういうことじゃ救えない問題が厳然と目の前に横たわっているのではないかと思う.もちろんだからといって誰かのせいにしたり,他人の悪口を言うことで解決するはずもないそいう切実な問題をどうやったら解決できるのかと考えて,ため息をついたりする.

烏龍茶がもうないので,コーヒーを喫茶店まで買いに行く.息が白くなる程度には寒い.銀杏の葉っぱもずいぶん落ちて,空が青いのが見える.

どばーっとまた出た.しんどいな.

若い建築家の人が会いにきてくれたので雑談.才能があって若いってそれだけですごいことだと思うが,,不安があるっていう話をされた.でも,そいうのは誰でも同じだと思うみたいなことをうすらぼんやり思った.

麻布十番から歩いた.寒い.ホテルのホール.遅刻.遠くなった.本当にもういないんだな.

訃報.それぞれ終わりは分かっていても,かまやしないとやり続け,いき続け,精度も落ちて,ぼろぼろになって,んでもひたすら求め続け,そうして終わりがやってきた.人生は儚い.あー,儚いぞな.こんちくしょ.

人間には自分しかない.そのからだと頭と心で生きていくしかない.だから自分自身を変えていくのも自分でしかない.どんな切実な痛みを抱えていようが,癒しもアドバイスもお金も愛もすべては一部で単なるきっかけに過ぎない.自分にどうにかしようという気がない限りどうにもならないことがある.

変えるのは自分だ.変わるのも変わらないのも結局は自分しだいだ.そしてどうするのも自由だ.しかし同時に人間は偉大じゃないから,科学者といえど,総理大臣といえど,億万長者といえど,人間一人にできることは限られている.

それは,だからといって,彼らの力が限定的であることを意味しない.人は些細なことで傷つくし,与えられた傷が決して小さくはないこともあるだろう.人間には不当な苦しみが与えられるものだし,指ひとつで木っ端微塵に心が砕けてしまうことさえある.

理不尽な制度,不毛な気遣い,残酷な暴力,無価値な茶番.いくら仕分けをしても,切り詰めても,生活にゆとりは生まれない.ゆとりが必要なのは心だろう.大切なことが伝わらないまま,こぼれ続けたまま時間がただ過ぎていく.

出口の見えない人間の苦しみや怒りの行方について,人間が無力であるといいたいわけではない.ただ,絶望的な状況の前で,しかしそれでもなお,人間にできることは何か.と,問うことがある.

いろいろ話したいことがある.

スコットランドの夕焼けはなかなか終わってくれない.向こうにいたころ,夏の間,一人でずっと海岸線をドライブしていたら夜の11時ごろまで陽が残っていて,それは本当に美しかった.ああいう夕焼けは日本では見れないから,何度もシトロエンを運転して見に行った.

それとはぜんぜん別の時期だが,いつかブラジルでみた夕陽は地平に垂直にストンと落ちた.あっという間に夜が余韻も残さずやってくるのだ.同じ太陽が地上にただ落ちていくだけなのに,ずいぶん印象が異なるなと思った.そいうことを今でも覚えている.

蕎麦屋に一人で入り昼飯を食った.ぶらぶらと構内に戻り,色づいた大銀杏の前で空を見上げた.見上げた太陽は厳密にいえば500秒だけ過去の姿だ.夜がきて,そろそろ満ちた月であってもそれは同様で1秒だけ過去の姿である.ペテルギウスなら相当遠い.過去は遠く.遠いものほど美しい.しかし,それはすべて網膜に届くものをみて自分の脳が判断している.では,もう網膜にすら届かぬほど遠ければ人はどう思うか.L'essentiel est invisible pour les yeux.

12月がやってきた.