未明,羽田に到着.伊丹へ移動して,その後但馬へ.

私が本郷に赴任して間もない頃,慣れない私に気を使ってくれていたのか,会議をやると必ず出てきてくれて,なんでも困ったことがあったら言ってこいよと.いってくれたことが思い出される.時々近くの蕎麦屋で飯を一緒に食うと,普段あまりいえない自分の本音がぽろりと出てしまう.不思議と私自身の考えをさらせられる人だったように思う.こわもてで,厳しく辛辣で理論家であった.研究していない人,本当に考えきっていない人からすればあれほど怖い人はいなかったのではないか.しかしぶっきらぼうだがどこか優しく,無邪気なところが時々顔をのぞかせていた.一方で,本郷的なものを一身に背負わされ苦しんでいたようにも思う.

彼から最後に届いたメイルにかかれてあった文章を引用する.

「この本を読むたびに最高の知的興奮を覚える.そして,自分がこれまでやってきたモデルがすべて陳腐に見えて逃げようのない無力感に包まれる.さまざまなスケールでのモデリングを一つの体系に収めようという無謀な試みに立ち向かうべき使命を帯びた人は,この本から逃げることは出来ない.それがどんなに苦しくても」

香住は,小さな日本海沿いの町だった.ここで育ったのかと,何を感じて,どう思っていたのか.と暫く思った.六甲まで車で出て,新幹線で東京まで帰った.8時間かかった.

今日という日を懸命に生きることは難しい.楽しいことは他にもたくさんある.しかし,と思うのだ.時代遅れとか,めんどくさいとか,そうまでしてとか,からだを大切にとか,そうまでして何が楽しいのとか,言っていることはわかるのだ.確かにその通りだろう.だけど,,本当のことだけをめがけて懸命にひたすらに生きていた人がいた.一号館の銀杏の木の下でぼんやりと最後に思った.