六本木の事務所で打ち合わせ.

明治維新は中央集権と富国強兵のプロセスであり都市の解体,戦争をはさんでその後地方への展開を果たす上で提出されたメガストラクチャーというような構想は,その展開の中でセクショナリズムという方法を選んだ.「部分」を論じる仕組みと効率がそこにはあり,「総体」を論じる空気はなかった.まあしかし田中はやった.何かをやるってことは,何かをやらないわけで,その結果喪われたものもある.で今何をやるのか.っていうのはこの道はいつかきた道.なのかどうなのか.とか.

中国を避けているのは,なんかめんどくさそうだから.っていうのじゃ駄目ですかね.まあ香港以外にみるべき研究がないのは事実だろ.コンサルティングはあっても研究はない.

疲労コンパイ.