研究室に入って1本の論文と出会った.コードを書いて,計算機センターで汎用機を使って試した.結果は出た.今思えばなんてことのないクロス集計のログをとって交互作用をとった程度のモデルで,なんのことはない.だけど嬉しかった.どんどん計算して,その人の論文を読んで勉強した.心が静まるような不思議な感じがした.

論文でしか知らなかった先生と初めて会ったとき,帰国したばかりで日本語が不自由な感じが少しおかしかった.目つきが鋭くて,周りの人は腫れ物を触るような感じでもあった.歴代の助手はみなその人の前では直立不動で,裏で悪態をついているのがおかしくもあり,しかし兎に角口を開けば研究の話だった.地方で一人で研究していた自分に対して先生はこまめに声をかけてくれた.そのことが嬉しかった.いつ話しても研究の話だった.いろんな話をした.

死を意識したとき,ひどくショックを受けている自分がおり,その一方で冷静な自分がいた.しっかりしなければと思い,研究しなければと思い,何かを教わらなければと思い,これをどう転じるかだと思った.そして結果として死期を早めるような真似を何度もした.死後,そのことを情けなく悔いた.自分の気持ちに折り合いをつけるように,一月たたぬうちに海外を飛ぶように回った.死に際して何を見つめていたか.縁を受けたことの意味を考えていた.今日,京都から,形見分けの品が届いた.号泣した.