ゼミ.
言えることを言うではなく,言わなきゃいけないことを言うというのも,骨の折れる行為だが,そうしない限り,なかなかみえて来ない,いい眺めというのがある.

英語でプレゼンしたりすると,しゃべりやすいことしかしゃべらない.ということがよくある.語彙に表現形が縛られ引きずられるという現象.その場を凌ぐことに精一杯というわけではないが,俯瞰的に整理したはずの論理構造がなぜかメタメタになってしまい,しょんぼりするというやつだ.

国際学会で発表したとき,(日本人の場合)語彙が問題なのかなぁと思って聞いていたが,寧ろ,掘り下げられるべきテーマが掘り下げられていないときに,こういうことが多いようだ.1やって1発表するような発表とでもいいだろうか.

自分でもそうだが,招待してくれた人の都合で,1やって3くらい薄めて喋らされるケースもあるが,3やって1くらいに凝縮して話す方が,なんとなく誠実というか,話していて落ち着く気がする.

研究にはなんらかのテーマがあるので,その発表で自分なりにテーマが掘り下げられているかどうかが重要で,言うべきことは何かを絞り込み,その過程を整理し,やったことの中から言わないことを決める行為がプレゼンという行為なのかもしれないなぁ.