昼間、アサギマダラを見た。

渡りをする蝶は殆どいないが,アサギマダラは,そのひとつだ.沖縄から本州にかけ,夏の間に南から北へ,でもって秋口には南へと渡って行くらしい。

小学生の頃,四国の山奥の爺様の家で暮らしていた頃,渓谷でヤマメを釣るのに、尾根筋を一つ越えないと,いい釣り場に出れないので,てくてく1時間ほどかけて一人その山道を歩いて行き、釣りをするのが日課であった.その時、その蝶を見た。山道へ吹き上がってくる風はときどき強く,それに乗ってふわふわと蝶は浮かび上がり,何処かへ翔んでいった。ため息がでるほど美しかったその蝶は、家に戻り図鑑で調べると,すぐにそれと判った,淡い浅葱色の羽を、今でもはっきり覚えている.

大人になって,沖縄のある島に向かおうとして,船にのって沖に出たとき果たして同じ、美しい淡い空色の羽を持つ蝶を見かけた.ずいぶん本島からは離れていたが,そんな場所をあの同じ蝶が渡っていることが,不思議に思えた.蝶の翔ぶ速度は遅く,手で捕まえられそうなほどだ.しかし手を伸ばせば,するりと蝶は逃げ,海峡をどこか頼りなくはたはたとひらめきながら翔んで消えていった.

海の上では羽を休める場所も一切ないだろう,どれほどあの小さな体で羽ばたき続ければ、辿り着くのか、あるいは目指す場所に辿り着くことなく、何処かで力尽きてしまい死んでしまうのか。島や流木、海峡を渡る船の上のどこかでスコシは休めるのだろうか.1000mを越える山々を越え、海を渡り、遠くどこにあるかもわからぬ場所を目指し、そんな先をも知れぬ旅に、ただの独りで飛び出してゆく時、その心はどんなものなんだろうか。心配になって、そんなことを思った。

秋から冬へ、だんだん季節は移っていく。そのうちいつもと変わらず、春もやってくるのだろう。まるでアサギマダラのようだ。雨が上がった。